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連載コラム

天才鬼才インタビュー
カントクたちがAVを撮る理由

第61回 川崎軍二(前編)
「カラオケ映像で監督デビュー」

監督

AV草創期の1980年代から業界に入った川崎軍二は、御年80歳。AV界で最高齢の現役監督にして、近年注目されている「昭和のエロス」の第一人者なのだ。現在の人妻物や近●相姦物の礎は彼が築いたといっていい。日活撮影所で20年を過ごし、映画の美術スタッフとして活躍。その後AVに転身するや、脚本も演出も映像も高クオリティのドラマ物を世に送り出してきた。近年、病気で倒れた愛妻の介護でブランクがあったが、今また川崎軍二監督は再始動しつつある。エネルギッシュな創作意欲が明らかになる前後編をどうぞ!

──ここしばらく新作を見かけないなと思っていたんですが、奥様がご病気だったんですね。

「うん。脳梗塞で倒れて、この3年ほど僕は介護のため、仕事を休んでました」

──今月は「逃げ込んだ温泉宿で犯された人妻 川上 ゆう・小池 絵美子 他」という番組が、チェリーボムHDで放送されます。2013年の作品ですから、監督がお休みに入る直前に撮っていたものということになりますね。川上ゆうちゃんが、家出をしたワケありの人妻役で、温泉宿に女中として身を隠し、男たちを虜にしてしまいSEXをするというお話。川上ゆうの魅力が大きな見どころというしかございません。

「そうですね。川上ゆうちゃんはね、体当たりで来るんだよね。だから僕は、涙がホロリと出るくらいの感動をおぼえるんです。心が伝わってきて熱いものを感じるんですよね」

──監督が書いた台本の役柄に感情移入できたがゆえの、あの芝居でしょうね。

「現場でシーンを説明して打ち合わせしてるとき、『ああ、もうホン(脚本)読んで(役柄を)自分のものにしてるな』と感じて、すごくホロリと来たんですよ。素晴らしい女優さんです」

──と同時に、哀愁と郷愁と昭和が香る川崎軍二ワールドを視聴者の皆さんにはぜひ堪能してほしいものです。ということで、川崎軍二監督がこうしたAV作品を生み出すようになった前史から伺っていきたいと思います。昭和11年に北海道で生まれた監督は、まず、高校卒業後、上京して多摩美術大学で油絵を専攻するんですね。

「高校時代は遊んでばかりいたせいで合格できそうな学校がなかったので、絵で多摩美に入ろうとしたんです」

──絵を描くのが趣味の少年だった?

「そうです。野山でスケッチしたりしてました。高校では美術部に入っていましたが、勉強はさっぱりしてなかったので、親父はたいそう心配しましてね。卒業したら自分の目の届くところに置いておきたいというんです」

──厳しいお父様でしたか。

「日中戦争に出征していた退役軍人ですから、それはもう。同じ部隊にいた『軍二』という名前の兵隊を親父は尊敬していたそうで、息子に同じ名前をつけたと話していました」

──高校卒業後は、地元で何をする予定だったんですか?

「僕の実家は米屋を営んでいた関係で、同じ商店街の薬屋で働けるように親父は話をしていました。そういう横のつながりがあったんですね。でも僕は東京に憧れていたから、なんとか頼みに頼んで、『もし入学試験に落ちたら浪人は許さん、地元で働け』といってもらえたんです。だから必死でデッサンの勉強をして、なんとか多摩美の試験に合格できたんです」

──晴れて東京に出て、大学を卒業した後は美術スタッフとして日活撮影所に入社されたんですね。日活を受験した動機は?

「日活から受験の案内が大学に来るんです。僕は6人のグループを組んで、グループ展をやったりしていたので、6人全員で日活を受けたんです。撮影所の制作部の広間があって、そこに4〜50人の学生がいました。採用人数の10倍くらいの人数だから、この中で合格したら奇跡だなと思ってたんだけど、6人グループで僕だけ残れました」

──撮影所での映画の美術スタッフの仕事とは具体的にどういうものだったのでしょう。セットの背景を描いたりしていたんですか?

「美術部の仕事は、背景部とよく間違われます。撮影所のスタジオの壁面にホリゾントという大きな紙があって、セットの窓外に見える景色を描く。山だの空だのビル群だの。あれは背景部といって、背景専門の会社のスタッフの仕事なんですね」

──美術部は絵を描くわけではないんですね。

「僕たちは、一軒家なりマンションの一室なりのセットを組むスタジオで、そのセットのデザインをするんです。あと、『汚し』といって、古ぼけた家の壁や、ダクトのサビなどをスプレーガンで着色して作るんです」

──監督が日活に入られた1957年は、かの石原裕次郎や吉永小百合といったスターを擁した日活の全盛期でしたね。日活がロマンポルノ路線に転じた1970年代も、数々のポルノの名作で美術を担当されました。その後フリーになって一般映画の美術も担当し、やがて監督業に進出されるわけですが、それは何がきっかけだったんですか。

「カラオケがこの世に現れるんですよね。その頃、僕は下請けの映像制作会社でプロデューサーをやっていたんです。(日活ロマンポルノを撮っていた監督の)白井伸明が僕をカラオケに引き入れてくれたんですよ」

──白井監督は日活を退社して自身の制作会社を立ち上げたんですよね。そこで、カラオケの映像から監督業が始まった?

「そうなんです。最初はプロデューサーをやっていたんですけど、監督を担当するようになっていきました」

──カラオケの映像の監督って、歌詞に応じて撮影場所やショートストーリー的な展開を考えるところから始まるんでしょうか?

「そうですそうです。音テープと収録(映像)テープを用意して、音楽の何分何秒から何分何秒までをここの映像に、というふうに、歌に映像をはめていくわけですよ」

──カラオケをやっていると、同じ映像がいろんな曲に使い回されていますけど、初期のカラオケはそうじゃなかったと。

「そうです。最初は、特定のある1曲のために作った映像なんですよ」

──カラオケの映像を作る仕事というのは、映画の仕事と比べてどんな違いがありましたか?

「発注元の会社の態度が大きかったですね。いつも、コンチクショーって思いながらやっていました」

──発注元に対して腹が立つのは、どういう場面なんでしょうか?

「まだ白井伸明が監督で僕がプロデューサーを担当していた頃のことです。ある時、京都にロケに行ったんですよ。京都の祇園の一軒家を僕が交渉して借りていて、そこで撮影したんです。発注元の会社の人間がVTRのカメラマンとして現場に入っていたんですが、もう耐えられないような薄っぺらな画(え)を撮るんですよ。なのに監督の白井伸明はOKを出してた。僕はプロデューサーとして、『こんな画は使えない、NG』って当然のようにいったんです」

──薄っぺらいというのはどういう画なんでしょうか。

「ライトを被写体に正面から当てるんですよ。明るく映ってりゃそれでいいだろみたいな感じで」

──カメラ内蔵のストロボで人物を撮るとフラットな画になりますが、ああいうものは映画の映像ではありえないということなんですね。

「影ひとつが情緒を表現するんですよ。その現場には、床の間があって庭があって池がありましたから、そこで情緒のある画から入ろうと思っていたんです」

──曲のイントロの部分ですね?

「そうそう。そこで使えるような画がほしかったから、『もっと陰影を効かせた立体的な映像を』って僕は注文を出したんです」

──それは衝突しますね。

「ですが、テレビの業界と同じように、このカラオケの現場でもVTRのカメラマンが一番偉いんです。カメラマンが『あなたいったい何なんですか?』って烈火のごとく怒るわけ」

──カメラマンがプロデューサーに食ってかかるなんて、映画の現場では考えられない。

「でも相手は発注元の人間だから、白井伸明は『軍ちゃん、あんまり喧嘩しないでくれよ』って泣きを入れるわけね」

──でも、美術監督出身の川崎軍二としたら譲れない一線なんですね。

「『こんなアマチュアみたいな恥ずかしい画は撮り直しだ』っていったら、白井ちゃんも困っちゃって。ま、最後は僕が仕方なく謝ったんですけどね」

──曲のイントロの部分ですね?

「そうそう。そこで使えるような画がほしかったから、『もっと陰影を効かせた立体的な映像を』って僕は注文を出したんです」

──それは衝突しますね。

「ですが、テレビの業界と同じように、このカラオケの現場でもVTRのカメラマンが一番偉いんです。カメラマンが『あなたいったい何なんですか?』って烈火のごとく怒るわけ」

──カメラマンがプロデューサーに食ってかかるなんて、映画の現場では考えられない。

「でも相手は発注元の人間だから、白井伸明は『軍ちゃん、あんまり喧嘩しないでくれよ』って泣きを入れるわけね」

──でも、美術監督出身の川崎軍二としたら譲れない一線なんですね。

「『こんなアマチュアみたいな恥ずかしい画は撮り直しだ』っていったら、白井ちゃんも困っちゃって。ま、最後は僕が仕方なく謝ったんですけどね」

──そりゃあヤル気になりますね?

「なった。しかもそのとき、メーカー側には大手の映画会社のプロデューサーが3人、審査員として呼ばれていたのもよかった。僕が影のない映像について、『何でこの歌詞にこの映像が乗っかるんですか? 影のない人工的な映像で物語は綴れない』って映像論をぶったら、映画会社から来てるプロデューサーだから、僕の言葉がわかるわけ。『確かに雲泥の差だ』って結論が出て、僕が京都で撮ったときに衝突した例の会社のスタッフが排除されたんです。カラオケ業界が僕のほうに傾いてきたんですよ」

──影のほうに。

「そうです。もう嬉しくて嬉しくて。実は最近の話だけど、また撮ってくれとその大手メーカーから発注が来たんです」

──へえ。昭和のエロスの巨匠となった今も。

「今やすっかりカラオケ映像もマンネリになっちゃったから、新味がほしいっていうんですよ。でも、女房の介護があったからお断りしました。それに僕はもうAVのほうが達成感があるから、カラオケはもういいやという気持ちもあった。AVで、僕が描きたい世界を作品に埋め込むと、ちゃんと光を放つわけですから」

──なるほど。川崎監督は、カラオケの次は、「キネコ」と呼ばれる方式の成人映画を監督していますが、これはどんな経緯だったんでしょうか。

「発色はいいが金がかかるフィルムで撮るピンク映画やロマンポルノと違って、安上がりのビデオテープで撮った成人映画ですね。『にっかつ(当時はもう平仮名表記の社名)もピンク映画っぽいのを撮るよ』となって、監督として僕を推薦してくれたのは小原宏裕さんでした」

──これまたロマンポルノの素晴らしい監督の名前が出てきましたね! そのキネコの成人映画が廃れてなくなって、純然たるAV監督になられるわけですね。

「映画は女性器に前バリを貼って撮っていたし、AVも最初は演技だったの。でも、村西とおる監督が本●のSEXを撮って脚光を浴びました。彼の作品を見たら、『おいおい本当にヤってるよ』と、ショックでしたね。僕も本●を撮るようになるんですが、最初は自己嫌悪があったんですよね」

──それは映画人としての誇りのようなものですか?

「映画監督、美術監督としての矜持というものが当然ありましたから」

──しかし、やがてライターの藤木TDCをはじめ、AVライターたちを唸らせる作品を次々にリリースしていきました。『ビデオ・ザ・ワールド』(コアマガジン)のレビューで高得点がつく川崎軍二ワールドが固まって行くわけです。

「藤木さんは恩人です。いろんな雑誌で僕を特集してくれたし、インタビューもしてくださったから」

──でしたよね。たとえば昭和の田園地帯と一軒家が舞台の作品。登場人物は皆さん揃って性におおらかな人たち。ときには近●相姦もある。これら男女の情感までも丁寧に描かれるドラマ世界は、どういうところから生み出されていったのでしょう。

「子供の頃の原体験ですかね。田舎の農家のおじちゃんおばちゃんが、土にまみれて働いている。女性はモンペを穿いていて。そういう光景に、人間の力強さを感じたんですね。そういう人たちの生命力を表現したいという気持ちが、僕の根幹にある」

──川崎作品の登場人物はおおらかなだけじゃなく、逆境でもたくましいですよね。

「どういう芝居を求めるかはもう自然と固まってくるわけです。生半可な芝居じゃダメだよと」

──普通のAVのドラマ物のレベルじゃダメだよと。川崎監督の作品では、女優が実にいい芝居を見せます。監督としてはとてもいい環境で仕事ができているのでは?

「女優さんの芝居もそうですし、ありがたいことに、僕の撮りたいものに対して各メーカーが口出しすることはなかった。でも、それが逆にちょっと寂しかったりもしますね」

──といいますと?

「何かいってくれよと思うんです。ずっと、逆境で何かいわれるたびにコンチクショーって気持ちで頑張ってきたんだから。『監督、監督』と呼ばれて持ち上げられていると、くすぐったい感じもします。僕の世代の映画人にとって、監督っていう言葉は重みがあって、ものすごく上にいる存在なんですよ」

後半は、川崎監督が作品作りの秘密=工程を教えてくれます。さらに、常にメモを持ち歩いている監督が、さっき思いついたばかりという新作の構想を明かしてくれました。創作者としてのエネルギーに驚かされること必至です。乞うご期待!


Profile
川崎軍二(かわさきぐんじ)

1936年北海道生まれ。多摩美術大学で油絵を専攻。在学中から日活撮影所に出入りし、卒業した1958年に正式入社。日活全盛期からロマンポルノにいたる時期を美術担当として過ごし、1977年に退社して白井伸明監督の映像制作会社に移る。カラオケ映像の製作にプロデューサーとして携わり、後に監督業に進出。1984年、初めてのピンク映画『種馬』を監督して以来、昭和のエロスを今に伝え続けている。


文・沢木毅彦
さわき・たけひこ 1961年生まれ。フリーライター。AV草創期よりAV専門誌にレビュー、取材記事を寄稿。月刊誌、週刊誌、WEBで細々と執筆中。香港映画と香港街歩きマニア。ビールは香港の海鮮屋台で飲むサンミゲル(生力)とブルーガール(藍妹)が最好。
twitter:@berugiisan


放送情報
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