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連載コラム

天才鬼才インタビュー
カントクたちがAVを撮る理由

第53回 海山輝一(前編)
「センズリコキの現役だっただけ」

監督

AV黎明期の1980年代半ば。海山輝一は30代前半でひょんなことからAV監督業を始め、またたく間に熟女AV監督および熟女ハメ撮りの第一人者として注目を浴びた。62歳になった現在も第一線で監督を続けている彼に、熟女AVの生き証人ならではの貴重なお話から最近作の裏話まで語ってもらった。

──はじめまして。『ビデオ・ザ・ワールド』誌(コアマガジン発行・2013年休刊)では毎月のように海山監督の作品をレビューさせていただいてました。

「沢木さんの評価は覚えてますよ。100点満点のうち60点ぐらいしかくれなかった(笑)」

──あちゃあ(汗)。ワールド誌のレビュアー陣のなかでは、藤木TDCとハニー白熊が海山監督作品のファンでしたね。

「藤木さんかハニーさんが僕の作品を高く評価してくれてたんですよね。でもね、厳しい採点をくれるからこそ、僕ら監督は一生懸命作品に取り組めたんですよ。ちゃんと作品の隅々まで見てくれて、おべんちゃらなしで手厳しかった。あの頃は僕、『ビデオ・ザ・ワールド』との戦いだったんですよ。毎月毎月『ワールド』が出るのが楽しみで、ちゃんと買って読んでました」

──恐縮です。

「沢木さんて熟女が好きじゃないんだなって思ってましたよ」

──いやいや、若くても熟女でも小悪魔性を感じる女性が好きなだけなんです。監督の、性のめざめはどういうものだったんですか?

「遅いんです。もともと女よりスポーツ派で、小中高とサッカー小僧だったんです。中3まで陰毛が生えなくて、初めて精子を出したのは高1のときで、友達から、『エロ雑誌にチンチンこすると白い物が出てくるぞ』っていわれたんですよ。それで結局は自分でシゴいてたらビャッて出て。そこから猿みたいになった。『プレイボーイ』とか『平凡パンチ』の世代ですね」 ──よくあるオナニーとの出会いですよねぇ。まず、今月はレインボーチャンネルHDで、「モンペの似合うおばあちゃん限定!農村ナンパの旅!ナンパ師たちの華麗なテクニックで枯れたオンナを取り戻したババア達!」という番組が放送されます。海山監督による、3人の可愛らしい六十路のおばちゃんが登場するオムニバスです。おじさんから若いイケメンまで、パートごとにナンパ師も3人。演出するうえでこだわっているところを聞かせてください。

「まず、ナンパ師が『美容にいいマッサージの研究をしてる者です』とか、何かしら惹きつけるような誘い方じゃないと、おばあちゃんたちをオトすのは難しいんじゃないかなって思うんですね」

──「若返りの薬を研究してる」というナンパ師も出てきますよね、これ。

「何十年もセックスレスの人たちを蘇らせるために、そういう言葉を投げかけて、信用してもらって、そのうち体に触れていって、その気になっちゃったよというリアルな流れを心がけて作っています」

──とにかく60歳以上の素●の熟女好きにはたまらない1本になってますね。

「そうですね。ぜひ見てほしいです」

──海山監督は現在は熟女AVメーカーの「ルビー」で撮っておられるんですよね。素●熟女にこだわった作品というのは、セールス的にはどうなんですか。

「『60歳以上の女性が面接に来たらルックスを問わず必ず撮る』とルビーのプロデューサーの方がいってました。年齢が貴重なんだと。風間ゆみのようなスター女優の作品は発売時にドカンと売れるけど、60代の女性のAVはじわじわと演歌のように長く売れ続けて、最終的なセールスは風間ゆみの作品を上回ることもあるんだそうです。すごく説得力あるなと思いました」

──ということは、年齢が上がれば上がるほど、ルビーでは歓迎される?

「僕は79歳というのがこれまで撮った最高齢だったんですけど、今年10月に出る『八十路で初撮り 小笠原祐子』(ルビー)で、ついに80代の女優を撮りました。これは注目していただきたいですね」

──すごいなぁ。AV女優業は18歳以降、死ぬまでできる仕事になったんですねぇ。じゃあ話はいったん戻ります。もともと監督は映像の仕事を志していたんですか?

「映画が大好きだったので、社会に出てから休みの日は必ず映画を見てましたね。日活ロマンポルノのオールナイトとか見て、パンツを我慢汁でビチョビチョにして家に帰ってから速攻コイてました。それで28歳のときに、どうしても映像に関わる仕事がしたいと思って、最後の転職だなと思って映像の制作会社に面接を受けに行って、営業職で入ったんです。その後、いろいろあってそこの会長が愛人に社長をやらせている子会社に移るんですけど、モトクロス選手権のビデオなんかを売って歩いてたんです」

──VHSテープの作品を。

「いや、ベータです。まだ、VHSは普及してなかった」

──ああ、あの頃か。80年代に入ってすぐぐらいですね。

「レンタルビデオ店がまだなかった頃です。僕は電気店や書店を訪ねて『これからはこういうのを販促に使ったり貸し出しするといいですから』と、ローラー作戦で都内を歩いてたんです」

──当時は町の電気店がたくさんありましたよね。

「でも飛び込み営業をしても、モトクロスのビデオでは売れないんです。よくいわれたのが、『エッチビデオはないか?』。みんな、日活ロマンポルノや大蔵映画などピンク映画だったらほしいというんですよ」

──電気店が『洗濯屋ケンちゃん』をおまけにつけたため、ビデオデッキが飛ぶように売れたのが1982年だから、それより前の話だ。

「それで成人映画のビデオを手に入れて持ってったら、少しずつ売れだしたので、女性社長に『これからはエロですよ』と一生懸命に提案したんだけど、女性だからか拒否するんです。それで僕を含む3人が退社して、映像の制作会社を立ち上げたんです」

──監督が何歳の頃の話ですか?

「31〜2歳。1985年頃ですね。メーカーの下請けでAVを撮り始めたんです。僕は営業マン兼助監督。車の運転ができるということで。あとは社長と、監督の3人。書店売りのイメージビデオも僕が開拓したんですよ。キャンペーンガールとかタレントの」

──大陸書房がハシリですよね。

「まさしく、大陸書房です。ただ、そうやって撮った作品に、メーカーからダメ出しされることが少なくなかったんです」

──どうしてですか?

「監督を担当してた人はもうおじいちゃんで、テレビ業界出身の人。画(え)はすごく綺麗に撮るんですけど、エロになると全然面白くないんです。そこで社長が、『じゃあセンズリコキの現役だからお前が撮れ』って僕を指名したんです。『俺、撮り方なんてわかんないですよ』っていったんだけど、社長はなんとかなるだろうって判断でした」

──なんとかなるものですか?

「当時は予算もかけられたから、照明もビデオエンジニアもテレビ関係で仕事をしているプロのスタッフに頼んでいました。だから監督が撮りたいものさえ決めていれば、作品になるんですよ。そうやって作品を作り始めたのが、ちょうどベータからVHSに変わって業界のバブルが来た頃ですね」

──まだ単体女優がいない時代ですね、小林ひとみがデビューするのが1986年だから。

「そうそう。小林ひとみが出てきたのは僕が監督になって1年後ぐらいですね。あの頃は何を撮っても売れたから、好きなものを撮らせてくれるんですよね」

──そんな海山監督が、熟女AVに乗り出したきっかけはなんだったんですか?

「1990年代のはじめに『オバサマですよ』(現映社=ぴあすビデオ)のシリーズがヒットして、それから『マダム倶楽部』(マスカット=ビッグモーカル)が大ヒットしましたが、別に、僕は熟女が大好きというわけじゃないんですよ。あの頃の僕は独立してフリーでやっていて、単体物を撮っていたんです。そういう立場だから、プロダクションが宣材写真をたくさん送ってくる。20代の人ばっかりだったけど、その中にたまたま一人だけ48歳の女性がいた。それを現映社に持って行ったら、『面白そうだから撮ってみようか』って話になったんです」

──それが『オバサマですよ』の第1弾ですか?

「そうです。ドカーンと売れた。それで『これからは熟女が売れるんじゃないか』っていう流れになり、アイツは熟女を撮らせたほうがいいって思われてしまって、単体物の仕事が来なくなっちゃいました」

──海山監督の熟女AVでは、独特な「甘えん坊さんですねぇ」などの女性を煽るトークが印象的です。あれらは熟女の恥じらいを撮りたいとの狙いなんですか?

「恥じらいがないと素●っぽく見えないですから、恥じらってない人の場合はそういうふうに誘導しましたね。『恥じらってるみたいですねー』っていいながら」

──やはりそういうテクニックですね。

「バンッと股を開かれるよりは、もじもじ開いてもらったほうが皆さん興奮するんじゃないかって思って」

──その恥じらいから一転してメスの顔になるというのが素●熟女物の醍醐味のひとつですよね。

「はい。その変わり具合もポイントですよね」

──その後、1999年にはルビーとセンタービレッジという熟女専門AVメーカーが旗揚げし、時代はいよいよ熟女全盛期へ向かうわけですね。

「でもね、最初は48歳の人がたまたまいたけど、あの時代、熟女なんていないんですよ。もう時効だから正直に話しちゃいますけど」

……え!? というわけで、さあ、後編は熟女AV黎明期の内幕、そして最近のヤバい撮影の話、スター女優に感心した話と盛りだくさんです。お楽しみに!


Profile
海山輝一(みやまこういち)

1954年佐賀県生まれ。1982年に都内の映像制作会社に営業職として入社。ベータ版ビデオソフトの飛び込み営業に従事するうち、エロビデオのニーズに気づく。1985年、上司が立ち上げた映像制作会社に参加し、大陸書房の書店売りイメージビデオなどに携わる。フリー監督として活動していた1990年、現映社から発売した『オバサマですよ』がヒットし、その後『マダム倶楽部』(ビックモーカル)などを手がけて熟女AV監督としての名声を確立。現在は熟女専門AVメーカー「ルビー」で精力的に活動中。


文・沢木毅彦
さわき・たけひこ 1961年生まれ。フリーライター。AV草創期よりAV専門誌にレビュー、取材記事を寄稿。月刊誌、週刊誌、WEBで細々と執筆中。香港映画と香港街歩きマニア。ビールは香港の海鮮屋台で飲むサンミゲル(生力)とブルーガール(藍妹)が最好。
twitter:@berugiisan


放送情報
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