スカパー!アダルト
アダルト番組の視聴はここをチェック

連載コラム

天才鬼才インタビュー
カントクたちがAVを撮る理由

第45回 ながえ(前編)
「少年の絶望を救った映画とAV」

監督

ながえ監督はヘンリー塚本監督に師事してFAプロから監督デビューしたのち、AVメーカー「SIDE-B」(=ながえSTYLE)を設立して今年で10周年を迎えた。独立以降、“昭和のエロス”の巨匠・ヘンリー塚本のDNAを受け継ぐAV監督として、数々のドラマ物の名作を世に送り続けている。

──さっそくですが、今月はスカパー!アダルトのプレイボーイ チャンネルHDで、ながえ監督作品『【背徳不倫】成宮いろは 愛してるあなたへ。本当は…〜お隣の旦那さんに慰めてもらってるの〜』が放送されます。この番組の見どころについて語っていただきたいと思います。各メーカーの作品で見慣れているはずの主演女優が、いつもよりエロく魅力的な女性に映っていましたね。

「いろはちゃんは抜群でしたね。顔そのものがおま●こみたいじゃないですか」

──言い得て妙!

「会った瞬間に、このコはSEX好きなんだなって思いました。隙がみなぎってる」

──ぶっちゃけ、お願いしたらヤらせてくれそうなところが彼女の魅力ですよね。

「そうです。僕はおま●こ顔と呼んでます」

──そういうスケベな女優ですが、今作品ではストイックな糟糠の妻としての演出ですよね。だからこそ濡れ場とのギャップが強烈で、興奮度倍増です。

「ドラマとして描くのなら、最初からエロエロだったらダメなんですよね。夫を裏切ることは絶対にしない女に見せる。スイカに塩を振るという効果ですね。逆に甘さが一気に際立つという、それを狙った典型的な作品ですね」

──背徳がテーマの作品ならそこは絶対に大切ですね。

「日本人は特にそれが好き。アメリカンポルノのように最初から男を挑発するのではなく、こんなコがいざSEXするとこんな姿に変わっちゃうの? というのが萌える要素だと僕は感じてるので、そういうふうに描かなきゃと思ってるんです」

──とにかく成宮いろはで抜きまくれる一作だと皆さんに伝えておけばじゅうぶんでしょう。では、ながえ監督がまず自主映画にめざめた少年時代の話から聞かせてもらえますか。

「愛知県の田舎で生まれ育って、中学高校時代は映画が好きで1人で映画館に通っていました。僕は、両親が離婚して母子家庭で育っていまして、僕と弟を育てるために水商売の道を選んだ母親が、いろんな男を家に連れてくるわけですよ。その頃は、母親の苦労も知らず、男と酒飲んでチャラチャラしやがって、って憤りがあって屈折してたんですね」

──そういう現実からの逃避もあって、映画館で映画鑑賞にどっぷり?

「そうです。朝から晩まで同じ映画を見たりしてました。なにしろ『将来に絶望』していましたから。高校を卒業したら、母親を支えるために働くしか選択肢が見えない。大人って、会社員でもなんでも、みんなつまんない仕事を生活のためにイヤイヤやっているって思っていました」

──仕事を生き甲斐として楽しく働いている大人もいるなんて思う余地もなかったわけですね。

「金を稼ぐことはただ苦痛だと思ってました。高校を卒業したら『やりたくない仕事に就く』という牢獄みたいな生活が始まるんだろうなって。ただ、当時ジャッキーチェンの映画が流行っていて、そのエンディングに必ずNGシーンが流れてくるのですが、ジャッキーが『仕事を楽しんでいる大人』に見えたんです。そんな世界があるんだ……と。働くということの捉え方が変わった瞬間でした」

──なるほどなるほど。

「もちろん映画スターは雲の上の存在だし、映画界なんて自分がいける世界だとは思ってなかった。でも高校2年の夏、カメラ屋さんで8ミリカメラを見つけました。これで映画を撮れるんだって思うとものすごく気持ちが高揚して、絶対にこれを手に入れようと。それで初めてアルバイトをしたんです。夏休み期間全部潰して、時給500円の中華料理屋さんで働きました。8万円くらいもらってカメラと映写機を中古で買うことができたんです」

──最初に撮ったものは?

「小牧空港まで自転車ででかけて、飛行機を撮りました。1人で編集して音楽も入れて、楽しかったですねぇ」

──発表はしたんですか?

「家族に見せたし、友達も呼んで見せました」

──ひとつの快感を知ったわけですね。

「そう。それで友達と、ジャッキー(・チェン)みたいな映像を作ろうかって、住んでた団地の階段から飛び下りたり、『椅子を投げろ、俺がジャンプして飛び越えるから』とかやってましたね(笑)。そんなことを続けているうち、高3のときに映画館で『男たちの挽歌』に出会ったんです。あれを見て決心しました。『やっぱり好きなことを仕事にしたい!』って」

──僕もあれに衝撃を受けて香港映画にハマるようになったんですよ。

「沢木さんと僕の接点は『男たちの挽歌』なんですよね(笑)」

──思い出しました。以前お会いしたとき、焼肉屋でこの映画の話で盛り上がりましたね(笑)。でも、上京のきっかけがこれだとは初めて知りました。

「それで東京の日活芸術学院を目指すわけですが、家が貧しかったので学費なんか払えないから、1年間アルバイトしてお金を貯めてからいこうと思っていたところに、新聞奨学生という制度を知ったんです。そのおかげで高校卒業と同時に入学できて、新聞配達をしながら2年間通いました」

──専攻はもちろん演出?

「演出コースですけど、監督はシナリオを書けなくちゃいけないといわれていたので、途中でシナリオコースにも入りました。今思えば全く学んでないですけどね。今の仕事に何も活用されていない(笑)」

──得たものは?

「得たものは友達ですね。あと、卒業制作で、みんなで映画を撮るんですが、僕の書いたシナリオが選ばれて、監督をすることができました。100本以上のシナリオの中から選ばれた3本に入ったんです。これが最高の思い出ですね」

──自分の書いたシナリオが選ばれなかった人たちは監督の権利を得られず、その3作品にスタッフとして参加するんですね?

「そうです。俳優コースの人が出演して」

──卒業した後の進路は?

「みんな在学中に映画の現場に派遣されて、撮影なり照明なりメイクなりの助手をやって、そのコネで映画界入りするんですけど、僕は朝と夕方に新聞配達があったので、現場にいけなかった。それでコネも作れず、就職もできなかった。だけど映画には未練があったので、僕と同じようにあぶれてる友達と一緒にアパートを借りて、自主映画を作る生活が始まったんです」

──収入は?

「アルバイトです。水商売のボーイとかいろいろやりました」

──じゃあ平日はバイトして、日曜だけ撮影みたいな?

「そうなんですけど、みんな若いから、映画作ろうって集まるんだけどまず酒飲んで、カラオケ行ってみんな尾崎(豊)歌って酔いしれて終わるんです(笑)」

──出口のない若者が尾崎の歌の世界に憧れたと。監督より8歳上の僕はハマショー(浜田省吾)がそれでした(笑)。

「ああいう恋愛なんか縁がないから憧れちゃうわけですよ」

──そのグループに女性は?

「いなかった。それで女優がほしいよなという話になって、求人誌やオーディション雑誌に募集記事を出したら女の子が何人か来て、とりあえずロケハンと称してデートするんですよ(笑)」

──女優募集はほぼナンパ目的?(笑)

「ほぼ(笑)。俺らは映画いつ撮るの? みたいな(笑)。そうやって30歳近くまでダラダラしてて、お披露目もしない適当な映画を2本ぐらい作って、そのあとに1本、恋愛物を撮りました。仲間が書いた台本で僕が監督してホームビデオで撮って、恵比寿のちっちゃな自主映画のスペースで上映。そしたらお客さんがえらく感動してくれたのに味をしめてしまって、『たぶん俺たちはすごいぜ。本格的にやろうぜ』って盛り上がってしまったんです。また女優を募集したらいいコが来てくれて、それで『SIDE-B』という作品を撮ったんです」

──おお、それがながえSTYLE擁する会社名SIDE-Bにつながっている!?

「いや、それは偶然。今のSIDE-Bとは関係ないんです。その作品が、有名レンタルチェーン店が主催していたインディーズムービー・フェスティバルに入選して商品になったんです」

──レンタルで見られる自主映画ですか?

「そうです。で、話は戻るんすけど、僕は26歳のときにFAプロに入っているんですよ。1995年に」

──あ、もうヘンリー塚本とは出会っているんですね。求人誌を見て?

「そうです。いろんなバイトをやりながら自主映画を作っていたんですけど、創作活動にもっと身を置きたいという気持ちが強くなって。最初は『アダルトビデオかぁ』とは思ったんですけどね。ヘンリー塚本のことも知らなかったし」

──AVは見ていなかったんですか?

「見てました。単体物を。かわいさとみとか、もう衝撃的でしたね。こんな可愛いコがこんなことやっていいのか!? って。あと星野ひかるとか、すごいインパクトがありました。そういう浅いAVユーザーでした」

──この2人の美少女は当時の20代の若者には衝撃的でしょうね。でも、AVを仕事にすることに抵抗はなかった?

「FAの作品は売れていたから、給料がよかったんですよ。しかも、土日が休み。だから自主映画とも両立できて、『SIDE-B』を作れたんです」

──その代わり月曜から金曜までは、助監督として山に連れていかれて、エキストラで兵隊の格好もさせられたり?

「そう思うでしょうけど(笑)、会社でダビングしたVHSの商品を箱詰めしたり、工場労働みたいな仕事が中心だったんですよ。ヘンリー塚本は毎週末の金曜日が撮影で、木曜日に打ち合わせして準備をする。創作に関われるのはその2日間だけなんです」

──企画を出せとか、編集につき合わされて眠れないとか、よくある助監督話は?

「ないない。ヘンリー塚本は『俺が全部作るから、そんなことまで踏み込まなくていい』という監督ですから」

──そうか。脚本もカメラも全部自分でやらないと気が済まない人ですよね。で、1995年にながえ監督は『女子大生由美子19才 愛欲と性欲のアパート203号室』(FAプロ)で監督デビューするわけですね。当時の監督名のジョージ長井は、どういったいわれですか?

「『お前の監督名はジョージ長井だ』っていわれたんで(笑)。FAに入って3ヶ月目に、「自分のストーリーでヘンリーさんに撮ってもらいたい」というつもりで脚本を書いて見せたんです。そしたら『面白いじゃないか、お前撮れ!』っていきなり監督をさせてもらえました。ヘンリー塚本以外の監督はいらないという体制だったので自分でも驚きでした」

──できあがった作品についてヘンリーさんの評価は?

「『まぁ、こんなもんだな』って。たしかにこのときは上手く撮れていないんですよね。FAプロは監督がカメラもやるんですが、僕は業務用の大きなカメラなんて持ったことなかったんで、重たいカメラを担いで、しかも1日でドラマ作品をつくるなんて慣れない自分には本当に難しかったです」

──以来、助監督をやりながら監督もやるという日々?

「そうです。2作目を撮ったのはここから間が開くんですけど。でも、まだAVよりも自主映画のほうに目を向けていたんですよ」

──じゃあジョージ長井名義の初期の仕事は、他人に俺は監督なんだぜとアピールしたいものではなかった?

「全くないです。ただ、撮影して編集して商品にするというFAプロでの仕事は、楽しい毎日でした。それまで、『仕事イコール好きじゃないもの』と思い込んでいましたから、こんな楽しい仕事でこんなにいい給料をもらえることに幸せを感じていました」

──あー、わかります。

「こういう世界を知ったとき、好きなものを撮ってお金にしているヘンリーさんがすごく羨ましかった。でも、当時の僕は、やがて壁にぶち当たるんです。なんせ二十代の若造でしたから中高年が見たいエロスの奥深さが理解できなかった。当たり前のことなんですが……」

後編では、壁に当たったながえ監督の指針になったヘンリー塚本との師弟愛をたっぷりと。ながえ監督独自の演出方法も聞きました。どうぞお楽しみに!


Profile
ながえ

1969年愛知県生まれ。母子家庭に育つ閉塞感を映画鑑賞で慰める思春期を送る。高2の秋に手に入れた8ミリカメラで映画製作の喜びに触れ、高3で一念発起し映画界を目指す。1987年に日活芸術学院入学。1995年にFAプロ入社。同年に監督デビューし、以後ヘンリー塚本監督に師事。2006年に独立し、AVメーカー「SIDE-B」を設立。凝った設定やストーリー展開のドラマ作品にファンが多い。


文・沢木毅彦
さわき・たけひこ 1961年生まれ。フリーライター。AV草創期よりAV専門誌にレビュー、取材記事を寄稿。月刊誌、週刊誌、WEBで細々と執筆中。香港映画と香港街歩きマニア。ビールは香港の海鮮屋台で飲むサンミゲル(生力)とブルーガール(藍妹)が最好。
twitter:@berugiisan


放送情報
今月のながえ監督作品はこちら


スカパー!アダルト番組検索


Back number
第102回 代々木忠(後編)「さらけ出してくれてありがとう」
第101回 代々木忠(前編)「愛染恭子との偶然の出会い」
第100回 芳賀栄太郎(後編)「熟女AVは朝イチがキモ」
第99回 芳賀栄太郎(前編)生保に入って外交員をキャスティング」
第98回 安達かおる(後編)「絶対に疑似は使わない」
第97回 安達かおる(前編)「人が目を背けるものを撮りたい」
第96回 ボトムズ(後編)「SWITCHの頭に込めた大きな秘密」
第95回 ボトムズ(前編)「ブルマ作品の複雑なルール」
第94回 赤羽菊次郎(後編)「ヘンリー塚本の台本なら撮ってもいい」
第93回 赤羽菊次郎(前編)「葬儀屋さんにちなんであの巨匠が命名」
第92回 YUMEJI(後編)「おじさんたちに夢の国を見せたい」
第91回 YUMEJI(前編)「オーナーからの鶴のひと声で始めた監督業」
第90回 薄刃紫翠(後編)「四つんばいのヒザを巡る対立」
第89回 薄刃紫翠(前編)「メス犬調教がライフワーク」
第88回 九十九究太(後編)「タカラ映像だからこそできる表現」
第87回 九十九究太(前編)「ドグマの名物監督たちの下で」
第86回 西中島南方(後編)「デビュー女優の複雑な初SEX」
第85回 西中島南方(前編)「SODとV&Rが人生の分かれ道」
第84回 貞邪我(後編)「ドラマを支えるオリジナルBGM」
第83回 貞邪我(前編)「武道館ライブの後に残った大借金」
第82回 春童(後編)「川上ゆうのSッ気に戦慄した瞬間」
第81回 春童(前編)「悪友と回し読んだエロ本に父の名が」
第80回 馨(後編)「専属単体女優の縛りを超えた撮り方」
第79回 馨(前編)「いつか辞めるはずだったのに」
第78回 なぎら健造(後編)「言葉よりも女心を雄弁に語るもの」
第77回 なぎら健造(前編)「女性が共感できるレ●プドラマ」
第76回 DUKE(後編)「あの子はどんなSEXするのかな?」
第75回 DUKE(前編)「長続きしたのは桃太郎の仕事だけ」
第74回 デラ3(後編)「SEXを仕事にできる人にリスペクト」
第73回 デラ3(前編)「脱がせたら競泳水着の意味がない」
第72回 菅原養史(後編)「人妻の浮気SEXのリアルを実地調査」
第71回 菅原養史(前編)「高橋がなりを唸らせた『古臭さ』」
第70回 五右衛門(後編)「アロマ企画とFAプロに学んだ」
第69回 五右衛門(前編)「乳首をいじられないとイケない」
第68回 朝霧浄(後編)「男を狂わせる菩薩にエロが潜む」
第67回 朝霧浄(前編)「入社3ヶ月で監督デビューを直訴」
第66回 南☆波王(後編)「カラミじゃなくてSEXを撮りたい」
第65回 南☆波王(前編)「金髪とタンクトップ姿の履歴書」
第64回 イタカ・スミスリンパウダー(後編)「坂道を流れるお漏らしの魅力」
第63回 イタカ・スミスリンパウダー(前編)「撮影現場で毛ジラミが発覚」
第62回 川崎軍二(後編)「息子と妻と一緒にロケハンへ」
第61回 川崎軍二(前編)「カラオケ映像で監督デビュー」
第60回 濱竜二(後編)「女子●生は中年男を浄化する」
第59回 濱竜二(前編)「絶望の先に希望を見つけたい
第58回 青髭大悟(後編)「初脱ぎでの恥じらいを追求」
第57回 青髭大悟(前編)「安定した生活が急に嫌になった」
第56回 白虎(後編)「顔がマ●コに埋まるレズクンニ」
第55回 白虎(前編)「昔はレズが苦手なザーメンマニア」
第54回 海山輝一(後編)「僕はアソコのアップがないとダメ」
第53回 海山輝一(前編)「センズリコキの現役だっただけ」
第52回 あばしり一家(後編)「人気女優を輝かせる汚しの技術」
第51回 あばしり一家(前編)「各方面で才を発揮した男が選んだ道」
第50回 ドラゴン西川(後編)「マッサージ師はしゃべりが命」
第49回 ドラゴン西川(前編)「松嶋クロスから突然の採用通知」
第48回 小坂井徹(後編)「パンチラ映像ですごくヌイてます」
第47回 小坂井徹(前編)「映研出身者は助監督に向かない」
第46回 ながえ(後編)「ヘンリー塚本の背中に親父を見た」
第45回 ながえ(前編)「少年の絶望を救った映画とAV」
第44回 タイガー小堺(後編)「自分に来る電話は一番じゃない」
第43回 タイガー小堺(前編)「パンチパーマで眉毛なしのAD」
第42回 黒田悠斗(後編)「レジェンドに導かれた監督業」
第41回 黒田悠斗(前編)「中高で女子と喋ったのは4回のみ」
第40回 麒麟(後編)「正座して僕を待っていた浮気嫁」
第39回 麒麟(前編)「巨匠・黒澤あららの上をいきたい」
第38回 嵐山みちる(後編)「女性のコンプレックスに興奮する」
第37回 嵐山みちる(前編)「初出社の前日に会社が大騒ぎ」
第36回 K*WEST(後編)「パンチラは綿パンに限る」
第35回 K*WEST(前編)「野良猫が肉に見えた貧乏時代」
第34回 紋℃(前編)「エロい女優の現場で密かに勃起」
第33回 紋℃(前編)「"AV監督"の響きに惹かれた」
第32回 沢庵(後編)「1割はやりたいことをやっちゃう」
第31回 沢庵(前編)「チ●コに靴下をかぶせてプレゼン」
第30回 バクシーシ山下(後編)「イケない嫌なSEXもSEXのうち」
第29回 バクシーシ山下(前編)「若き日のSEXトライアスロン」
第28回 梁井一(後編)「異物挿入自慰にふけった中学時代」
第27回 梁井一(前編)「後ろ指をさされる仕事に惹かれた」
第26回 真咲南朋(後編)「MとMが互いに苦しめ合うSEX」
第25回 真咲南朋(前編)「ハメ撮られ好きの女子大生でした」
第24回 溜池ゴロー(後編)「横に座ってくれた瞬間に勃起した」
第23回 溜池ゴロー(前編)「最初はイヤだった『溜池ゴロー』」
第22回 ヘイキチロウ(後編)「弟目線で女優を見るのが性に合う」
第21回 ヘイキチロウ(前編)「美少女単体のベタな演出を大切に」
第20回 野本義明(後編)「1人の女の子をじっくり追いたい」
第19回 野本義明(前編)「食品売場の熟女が大好きすぎて」
第18回 雪村春樹(後編)「羞恥の縄は緩くかけるべし」
第17回 雪村春樹(前編)「緊縛モデルを地元で口説いてた」
第16回 ペヤングマキ(後編)「男の人にエロいと思われたい」
第15回 ペヤングマキ(前編)「むっつりスケベだったんです」
第14回 伊勢鱗太朗(後編)「シナリオ教室の教えの逆をいく」
第13回 伊勢鱗太朗(前編)「ブルーフィルムで処女AV」
第12回 タートル今田(後編)「『カン松のニセモノ』はつらかった」
第11回 タートル今田(前編)「大人の女に甘えるほうが好きなんです」
第10回 坂本優二(後編)「お掃除フェラを頼まれた」
第9回 坂本優二(前編)「ビニ本のポエムをAVに応用」
第8回 豊田薫(後編)「一期一会の撮影が楽しい」
第7回 豊田薫(前編)「25歳、夕刊紙の三行広告で就職」
第6回 ヘンリー塚本(後編)「ベロならボカシ不要のSEXが撮れる」
第5回 ヘンリー塚本(前編)「ファミリービデオで脱サラを決意」
第4回 TOHJIRO(後編)「心のシャッターに指1本ぶんの隙間を」
第3回 TOHJIRO(前編)「森下くるみに本物の『うぶ』を見た」
第2回 カンパニー松尾(後編)「チ●コとテロップで二度ハメる」
第1回 カンパニー松尾(前編)「ハメ撮りの帝王は素●童貞だった」
TOPに戻る
このページのトップへ
© SKY Perfect JSAT Corporation.